「ウェブはバカと暇人のもの」を読んで

本書の紹介は、各所に散見されるので、ここでは、私が感じたことのみを、
著者は、博報堂で企業PRに携わった後、雑誌編集、現在はインターネット・ニュースサイトの編集者だとか。従って、現場にいる編集者として、
ネットは、

  • 企業にとっては、マーケティング・コミュニケーションのツールにしか過ぎず、告知以外には、せいぜい、ユーザーにおもねったB級の場を作る程度のことしか出来ないところである。多様化したニーズを掬いとる強力なツールである、なんて考えるのは幻想であり
  • 個人にとっては、予約をしたり、検索して調べたり、地図を調べたり、すること出来るツールに過ぎない、暇つぶしの道具である。ブログを書いていれば、誰かが引き揚げてくれる、なんて考えるのは、幻想である


更に、その実態は、膨大な時間を使って暇つぶしを義務化した「暇人」によるもので、

  • 時の話題として、もてはやされたWeb2.0の中心的な概念に、「集合知」なるものがあったが、これも、オーマイニュースが失敗に終わったことに触れ、むしろ「集合愚」と呼ばずして、なんと言おうか。


と、苛立ちを持って断じ、今なお、幻想に捕らえられているユーザーに警告を発している。
私としても、企業の中で、囲い込みがどうのと議論したことを懐かしく思い起こしましたが、今、こうして若干の暇を手に入れてみて、暇人社会の構造が、解るにつれ、この書の言う、バカと暇人のウェブなるものが、実感としてわかるようになったと共に、その危うさに危惧を覚えるところです。
ひとつは、「世論」と言われるものです。
昨今、既成のメディア、政治家、評論家、等が、「ネットで、評判になっている」とか、「ネットの調査では」とか、コストをかけなくても情報らしきものが手に入るせいか、「世論」として、引用されることが、多くなってきて、それが一つの、事実として伝えられているように感じていることです。
この「世論」が、この書で多く触れられているように、主に「バカな暇人」による偏った声だとしたら、どうだろうか。いや、引用している当事者は、このことを知っているのかもしれない。
嘗て、この書の筆者の記事にクレームをつけてきた、ユーザー・顧客が、代償として「韓国を叩け」と再三言ってきた事が、書かれているが、これなど、「暇人」が、顔を擡げてきたのではないかと感じます。

バカな暇人の末席にいるのかと、思いつしたためるこの日記です。